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存じやすが創った「ステーキのたれ」は なぜ生まれ、広がっていったのか?

栃木県民のソウルフード「存じやすのたれ」誕生秘話

Story teller: 小林敏彦(存じやす2代目・現会長)
宇都宮市民のみならず、栃木県民なら誰でもその味を知っているであろうステーキのたれ。あの独特の、癖になる味はどうやって生まれたのか?初代から直接薫陶を受けた2代目であり現会長である小林敏彦が語ります。

ユニークな初代が考え出した「存じやすのたれ」

存じやすを創業した初代は、息子の私から見ても、当時としてはとても先進的な感性を持った人でした。
様々な職業を経て料理人になった初代ですが、英語を話すことができ、一時は教員をしていたほどでしたし、戦時中にも関わらずジャズを聞いていたり、芸事の素養があったりと多彩な人でした。

初代の実家は宇都宮にある蕎麦屋でした。次男坊だった初代は蕎麦屋を継ぐことはできなかったのですが、先見の明があった両親が「これからは洋食の時代」と考え、東京から呼んだコックから洋食の手ほどきを受け、和・洋それぞれの分野での料理人としての素養を磨いたそうです。

お礼の言葉がいつの間にか店名に

今の存じやすの起こりは1932年(昭和7年)に、「いち朗寿司」として寿司と洋食のお店を開いたことに始まります。今の店名になったのは、開店直後からお客様を送り出す時に発していた「ありがとう存じやす」というお礼の言葉です。
味もさることながら、その丁寧なもてなしが人気を呼び、「ありがとう存じやすの店」として有名になったことから、開店から1年を経ずして店名を「存じやす」に変更し、いっそうの人気店となっていきました。

今でも覚えているのが、当時は洋食と言えばオムライスが有名な程度でしたが、存じやすのメニューには「VEAL CUTLET(仔牛のカツレツ)」など、よそでは見たことも聞いたこともないメニューがありました。日本人にはなかなか受け入れられませんでしたが、戦後まもなくの時期、現在の足利銀行本店のあたりにGHQの建物があり、初代が英語に堪能だったこともあり、駐在しているアメリカ人将校が数多く訪れるようになりました。8割は進駐軍のお客様で溢れていたことを覚えています。それが呼び水となって、アメリカ文化を好む日本人もまたお店に来てくれるようになりました。

存じやすのたれが生まれた瞬間

存じやすのたれが生まれたのは1957年(昭和32年)まで遡ります。

ステーキ(当時はビフテキと呼ばれていました)はレモンバターで食べるのが一般的でしたが、初代は「日本人なんだからビフテキはたれで食べた方が美味い」と言って、自分に賄いで作ってくれたのが存じやすのたれの原型です。

初めて作ってくれたたれは、ほぼ現在のものと変わらないものでした。初代は和洋それぞれの料理の素養がありましたし、常々「素材を見て塩加減がわかるようでなければ料理人失格だ」と言い、レシピはほとんど残さず常に感覚的に料理をしていましたから、半ば思い付きのようなものだったのかもしれませんが、これが本当に美味しかったのです。

私が賄いとして食べているのを目にした常連のお客様が次々とこのオリジナルのたれで食べるビフテキを次々と注文するようになり、それが一般のお客様にも広がったことで、この翌年から、たれで食べるビフテキを中心としたステーキ専門店に業態転換しました。今の存じやすの形はこの頃できあががったといえます。

私は、先にも述べた通り中学生の頃から手伝いをしていましたが、どこにも修行に行かず高校卒業後すぐに存じやすに入りその味を学びました。初代は自分が作り上げた味と外で修行をして学んだことが混ざってしまうことを望んでいませんでしたし、この味を忠実に伝えていけば孫の代まで続いていくと考えていたようです。実際、創業より80余年オリジナルの味を受け継いでここまで来ていますので、初代の考えは間違っていなかったのかと思います。

たれの広まりと現在

私が入社した当時、今も大曽にある「桂」の先代や、今はなくなってしまった「グリル富士」の主人などが兄弟弟子として店に入っていました。

また、初代は他の店に食事に行くと、至極あっさりとたれの作り方を教えてしまっていました。良くも悪くも頓着がなかったのだと思いますが、当時からうちのたれには秘密はなかったんです。

ただ、兄弟弟子が独立するときも、レシピを教えた他のお店も、存じやすのたれそっくりそのままではなく、自分のアレンジを加えて提供していました。

現在、この形のたれが宇都宮のみならず全国規模の知名度を得るに至ったことは、こうした流れがあってのことだったと思います。

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